
目次
- はじめに:2026年、障害者雇用は「守り」から「攻め」のフェーズへ
- 1. 日本と北海道企業の現在地:「約2社に1社」が雇用率未達成という停滞
- 2. コストを「投資」に変える:直接的なメリット
調整金と助成金の活用 - 3. 究極の目的は「戦力化」:雇用維持の先にあるもの
現場で起きている「放置」という名の不利益 - 4. 実例:組織の「公平性」を定義し直したある店舗のお話
「あの人だけずるい」という現場の反発
会社の決断:個人の特性を守る勇気 - 5. 攻略のカギ:障害者雇用を成功させる「マネジメント」
組織全体を底上げする「個別最適化」の視点 - 結論:障害者雇用は、未来の「強く優しい組織」を作るための試金石
はじめに:2026年、障害者雇用は「守り」から「攻め」のフェーズへ
2013年の障害者雇用促進法改正により、障害者雇用は福祉的配慮から、個人の権利としての雇用へと大きく変化しました。この改正は、障害の有無にかかわらず、誰もが能力を発揮し、職業を通じて社会に参加できる共生社会の実現を目指すものです。
企業には、働く人全体に占める一定割合以上の障害者を雇用する「法定雇用率」が義務付けられています。その目標数値は2026年7月からは「2.7%」に引き上げられ、従業員が37.5人以上の企業では、少なくとも1人の障害者を雇用することが義務となりました。
多くの企業が「法定雇用率をどう満たすか」という目先の課題に追われています。しかし、障害者雇用に適切に取り組んだ企業は、結果として全社員が働きやすい、生産性の高い組織へと大きく変化したケースが少なくありません。
この記事では、小売の現場で20人以上の障害者を採用した実績を持ち、現在は障害者雇用のコンサルタントとして活躍されている株式会社ブレイネット代表の齊藤浩二さんに、企業が障害者雇用に積極的に取り組むべき「本当の価値」について伺いました。
【コラム】納付金の支払い義務
従業員が100人を超える企業には、不足している人数に応じて「障害者雇用納付金」を支払う義務が生じます。40人〜100人の企業には雇用義務はありますが、今のところ納付金の支払いは免除されています。
1. 日本と北海道企業の現在地:「約2社に1社」が雇用率未達成という停滞
厚生労働省の最新データ(令和7年 障害者雇用状況の集計結果)によると、雇用義務がある全企業において法定雇用率(2.5%)達成の割合は46.0%と半数未満に留まっています。北海道は、49.2%と全国平均を上回っており、実雇用率も2.57%(全国平均2.41%)と高い水準を維持しています。そうはいっても、約2社に1社が目標に届いていない状況は全国的な傾向です。
採用が進まない背景(厚生労働省 令和5年度 障害者雇用実態調査)には、企業が挙げる雇用するに当たっての課題の第1位が「障害者に適した職務があるか」第2位が「職場の安全面の配慮が適切にできるか」と、現場の切実な課題が浮き彫りになっています。
しかし、障害者に適した職務がない、整備や設備の確保ができていない、という状況は裏を返せば、「特定の人材に頼ったこれまでの仕事の進め方」を見直し、組織全体をアップデートするチャンスが残されているということでもあります。
実はよくあるのが「障害のある方や、障害の疑いがある方に対してどう接したらいいか分かりません」という相談です。障害のある方も、グレーゾーンの方も、隣の同僚と変わりません。人事担当がまず最初に行うべきは、社内の理解不足を認識し、障害者に対する無自覚な偏見をなくす事かもしれません。
2. コストを「投資」に変える:直接的なメリット
障害者雇用を前向きに進めることで共生社会の実現に近づき、企業は納付金を免れるだけでなく、直接的な「経済的メリット」を得ることができます。
調整金と助成金の活用
法定雇用率を超えて雇用した場合、逆に「調整金」として年間1人あたり約35万円が支給されます。さらに、新規採用時には数百万単位の助成金が活用できるケースも少なくありません。
しかし、このメリットはあくまでおまけのようなものです。
こうして、障害者雇用を適切に推進することは、多くの企業が直面している「人手不足」への直接的な対応策となり、ひいては『人材確保』という大きな利点をもたらします。
3. 究極の目的は「戦力化」:雇用維持の先にあるもの
義務を果たし、助成金を得る。そこまで到達しても、まだゴールではありません。本当の目的はしっかりと「戦力」として長く活躍してもらうことです。
現場で起きている「放置」という名の不利益
多くの企業が直面する相談の中で、最も多いのが以下のようなケースです。
「とにかく1人雇って、現場に任せた」という形が一番もったいないです。現場側はどう接していいか分からず、「余計な仕事が増えた」と疲弊する。本人も「仕事が合わない」「職場の配慮が足りない」と、現場でのトラブルやミスマッチが早期離職を招いています。戦力化できている企業は驚くほど少ないのが実情です。
戦力化とは、その人が持つ「得意なこと」を理解し、それが一番活かされる方法を見つけることを指します。その場所を見つけて配置する、あるいはその環境を作ることが、戦力化の一歩と言えるでしょう。
では、具体的にはどのように「戦力化」を考えたら良いのでしょうか?
4. 実例:組織の「公平性」を定義し直したある店舗のお話
かつて障害者雇用における障害種別の割合は、身体障害者が7〜8割以上を占めていました。しかし、近年では精神障害者の雇用が知的障害者を上回り、前年比10%超と急増しています(令和7年 障害者雇用状況の集計結果より)。この精神障害には、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害も含まれます。発達障害者の採用については、経済産業省が推進する「ニューロダイバーシティ※」の考え方に基づき、脳の仕組みや神経の繋がりの違い(特性)を活かして社会での活躍を目指す取り組みへの関心も高まっています。
(※)ニューロダイバーシティ
Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)を組み合わせた造語。発達障がいや自閉症などの特性を多様性と捉えて尊重し、適材適所として活用していく考え方。
ここで、齊藤さんに伺ったある小さな店舗で起きた障害者雇用の実例を紹介します。
「あの人だけずるい」という現場の反発
その店では、精神障害を持つAさんが正社員として採用されました。Aさんは採用されて間もなく休みがちに。すると、数名のパートたちが結託し、店長に詰め寄ったのです。「Aさんは休みがちで私たちの仕事を増やし迷惑をかけている。あの人だけずるい。辞めさせてほしい」
それから半年間、Aさんの障害特性や体調不良の理由についてそれぞれと個別に話し合いを続けましたが最終的には譲らず、「あの人を辞めさせないなら、私たちが辞める」と決断を迫られました。
会社の決断:個人の特性を守る勇気
会社側が下した決断は、パートたちの主張を却下することでした。
「彼の欠勤はサボりではなく、職場環境の悪化と障害特性によるものだ。会社は『表面的な平等』ではなく、事実をもとに一人ひとりの実情に合わせた「公平なマネジメント」を優先する。もしそれが受け入れられないのであれば、皆さんが自ら辞めるのは止むを得ない」
結果として、主張を繰り返していたパート数名は辞めていきました。しかし、残ったスタッフの間には、これまでにない「結束感」や「安心感」が生まれました。
この事例の本質は、会社が個人の実情を汲み取るという姿勢を明確にしたことです。他の社員たちも「自分に何かあった時(介護や病気など)も、会社は自分を切り捨てずに判断してくれる」と確信した。これを機に、その店舗では障害者を受け入れる機運だけでなく、チームワークそのものが劇的に向上しました。
5. 攻略のカギ:障害者雇用を成功させる「マネジメント」
事例からも明らかなように、障害者を戦力化するポイントは、実は「専用の特別なマニュアル」を作ることではありません。
組織全体を底上げする「個別最適化」の視点
障害のある方の雇用がうまくいくかどうかは、結局のところ、障害に関係なく「一人ひとりの得意を活かし、不得意をお互い様とフォローし合うマネジメントが出来ているか」にかかっています。誰にでも「朝が苦手」とか「計算が遅い」といった特性や性質がありますよね。障害もその延長線上にある「要素」だと捉えるのがスムーズです。
マネジメントの攻略カギは、以下の2点に集約されます。
(1)「合理的配慮」を軸とした誰もが働きやすい仕組みづくり
人には誰しも得意・不得意があります。また、日々の気持ちや体調によってパフォーマンスには波(高低差)があります。その高低差を、本人の努力だけでなんとかさせるのではなく、会社として「障壁を取り除くお手伝い(合理的配慮※)」をすること。例えば、「指示をメモやメールで残す」「作業を細かく分ける」といった工夫です。これは、障害のあるなしに関わらず、新人さんや子育て中や介護で忙しい社員にとっても、「仕事がやりやすくなる」という大きなメリットになります。
(※)合理的配慮
障害がある方が、職場にある障壁(バリア)のせいで自分の力を出し切れなくなることを防ぐため、会社側が一人ひとりの特性に合わせて行う「個別の工夫や調整」のこと。2024年4月より、すべての企業に提供が義務づけられました。これは何でも要望を聞くということではなく、会社と本人が話し合い、お互いに負担になりすぎない範囲で知恵を出し合う前向きな対話を指しています。
(2)継続した「観察」と「挨拶」による環境づくり
相手を知るための第一歩は、毎日の挨拶です。
毎日挨拶をしていれば、「今日の声は少し小さいな」「今日の顔色が良くないな」という微細な変化に気づけます。相手に興味と関心を持ってよく見ること。「困ったら言ってね」と相手にゆだねるのではなく、「元気がないけどどうしたの?」と自ら聞く。この当たり前のコミュニケーションが、困った時に「困った」と素直に言える環境を作ります。環境づくりこそが、力を発揮するために大切なことなのです。
結論:障害者雇用は、未来の「強く優しい組織」を作るための試金石
法定雇用率の引き上げは、一見コスト増や義務感としてのしかかってくるようですが、組織をよりしなやかで力強くアップデートする絶好のチャンスです。その一歩が、多様な個性が混ざり合い、すべての社員が自分らしく輝ける新しい組織の姿を描き出すはずです。
障害者雇用がうまくいっている企業では、必ずといっていいほど「マニュアルの整備」「適切なフィードバック」「個々の強みに焦点を当てた配置」が行われています。これらはすべて、現代のマネジメントにおいて不可欠な要素ばかりです。
障害のある方を戦力化できる組織は、どんな多様な社員も活かすことができます。障害者雇用を、単なる社会貢献や義務で終わらせないでください。それは、あなたの会社のマネジメント能力を磨き、強く優しい組織に変えられる、どんな時代でも生き残れる「最強の組織改善ツール」なのです。
法定雇用率の引き上げをきっかけに、今一度、貴社の「個人を活かす力」を見直してみませんか?
株式会社ブレイネット 代表取締役 齊藤浩二さん
大企業での経営幹部、障害者雇用責任者、約30年の身体障害者としての勤務経験を活かし、企業の経営支援パートナーとして活動。障害者雇用をきっかけに、企業の業務プロセスを見直し、組織全体の生産性向上を実現されています。ジョブコーチ、障害者職業生活相談員、精神発達障害しごとサポーターの資格保有。
※「障害」の表記に関する様々な視点を尊重した上で、今回の記事では「表記による境界のない社会」を目指す企業理念に照らし合わせ、日本の公用文や法令、常用漢字表の定めに従い「障害者」と漢字で表記しております。
Writer
ヒトキタ編集部 庵 彩乃
Profile
札幌・函館・北見エリアの求人営業を経験後、現在は採用お役立ち記事の制作や自社メディア・イベントの販促、企業向けマーケティングを担当。