シニアの「壁」崩壊!?在職老齢年金制度の見直しと人事担当者が今取るべき戦略

不採用の理由

もはや「若手のみ」で組織を維持・拡大していくことは困難なこの時代。豊富な経験やスキルを持つシニア人材の活用は、企業の存続を左右する不可欠な戦略と言えるでしょう。

しかし、シニア人材の採用や定着を進める中で、人事担当者を悩ませてきた大きな壁があります。それが「働くと年金が減ってしまうので、勤務時間や給与を抑えたい」というシニア層の「働き控え(就業調整)」です。

この働き控えの根本的な原因となっているのが「在職老齢年金制度」ですが、現在この制度は大きな転換期を迎えており、長年シニア就労の足かせとなっていた「ブレーキ」が外れようとしています。

本記事では、採用担当者が知っておくべき在職老齢年金制度の仕組みと改正のポイント、そしてこの追い風を生かして企業が今取るべき具体的な対応策を徹底解説します。

在職老齢年金とは?

シニア層の採用面接や契約更新の場で、「給与は〇〇万円以内に収めてほしい」と要望された経験を持つ人事担当者は多いはずです。まずは、その理由となる在職老齢年金制度の基本的な仕組みを整理しておきましょう。

在職老齢年金の定義と対象者

在職老齢年金とは、60歳以上で働きながら(厚生年金保険に加入しながら)受け取る「老齢厚生年金」のことを指します。

本来、年金は老後の生活保障を目的としたものですが、「一定以上の給与収入がある現役労働者については、年金の一部または全部の支給を停止し、年金制度全体を支える側に回ってもらおう」という考えに基づき設計されています。対象となるのは、70歳未満で厚生年金保険に加入して働く人や、70歳以上で厚生年金保険の適用事業所で働く人です。

支給停止になるのはどんな時?

支給停止の基準は、「賃金(総報酬月額相当額)」と「年金(基本月額)」の合計額です。この合計額が、国が定める「支給停止調整額」を上回った場合、超過した金額の2分の1の年金が支給停止(カット)されます。

  • 基本月額: 加給年金額を除いた老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額。
  • 総報酬月額相当額: その月の標準報酬月額+(過去1年間の標準賞与額の合計÷12)。つまり、月給とボーナスを月割りにした額の合計です。

対象となる年金と対象とならない年金

ここで人事担当者が押さえておくべき重要なポイントは、支給停止の対象となるのは「老齢厚生年金」のみであるということです。

自営業者などが加入する国民年金から支給される「老齢基礎年金」は、いくら給与収入があっても全額支給されます。また、企業が設けている「企業年金」や、個人で掛けている「個人年金(iDeCoなど)」も支給停止の対象にはなりません。あくまで「会社の給与」と「厚生年金」のバランスで調整が行われる仕組みです。

段階的に引き上げられてきた『支給停止基準額』の現在地

在職老齢年金制度は、高齢者の就労促進という国の大きな方針に合わせて、これまでにも段階的な見直しが行われてきました。なかでも大きなトピックだったのが2022年(令和4年)の法改正です。

変更ポイントと対象者への影響

2022年3月以前は、年齢によって支給停止の基準額が異なっていました。65歳以上の基準額が「47万円」であったのに対し、60歳〜64歳(60代前半)の基準額は「28万円」と非常に低く設定されていたのです。

賃金と年金の合計が28万円を超えると年金がカットされてしまうため、多くの60代前半の労働者が「月収を20万円程度に抑えよう」と短時間勤務や低い給与水準での雇用を選択せざるを得ない状況でした。

これが2022年4月の年金制度改正により、60歳〜64歳の基準額が65歳以上と同じ「47万円」へと大幅に引き上げられ、統一されました。その後、物価や賃金の変動に応じた年度ごとの改定(名目賃金変動率などの反映)により、支給停止基準額は2024年度(令和6年度)には「50万円」、2025年度(令和7年度)には「51万円」へと段階的に引き上げられてきました。これにより、60代前半のシニア層がより長く、フルタイムに近い形で働きやすくなる土壌が徐々に形成されてきたと言えます。

2026年4月、基準額が「65万円」へ大幅引き上げ

2022年の改正で一定の改善は見られたものの、深刻化する人手不足を背景に、経済界などからは「基準額が50万円前後では、専門スキルを持つ優秀なシニア層や管理職経験者がフルタイムで働くには依然として壁になっている」として、制度の「撤廃」やさらなる大幅な見直しを求める声が強く上がっていました。

「働けば働くほど手取りが減る(損をする)ように感じる」という心理的なハードルは、高齢者の就労意欲を大きく削いでいたからです。

こうした議論と年金財政の検証を経て、ついに画期的な見直しが実施されます。2026年(令和8年)4月より、在職老齢年金の支給停止基準額が「月額65万円」へと大幅に引き上げられることになりました。

(参考:在職老齢年金制度の見直しについて|厚生労働省)

法律成立時(2025年6月)の案では62万円とされていましたが、賃金動向の反映により最終的に65万円でのスタートとなります。

給与(賞与含む)と厚生年金の合計が月額65万円に達するまで年金が満額支給されることになれば、一部のハイレイヤー層を除き、大多数のシニア層にとって「年金の壁」は実質的に消滅したと言っても過言ではありません。これはシニア採用市場において、極めて大きなパラダイムシフトとなります。

採用担当が知っておくべき事と必要な準備

この「基準額65万円への引き上げ」は、採用担当者にとって大いなる追い風です。これまで「年金が減るから」と週3日勤務や時短勤務を希望していた優秀なシニア人材に対して、週5日のフルタイム勤務や、責任あるポジション(それに伴う高い報酬)を提案しやすくなります。

しかし、ただ待っているだけでシニアが活躍してくれるわけではありません。制度のブレーキが外れる今こそ、企業側は「シニアが働きやすい、そして成果を出せる環境」を戦略的に整える必要があります。

企業がシニアを活用するための具体的なアクション

人事担当者が今すぐ取り組むべき具体的なアクションは以下の4点です。

1. 制度改正の社内周知と意向確認(就業調整の解除)

まずは、社内で現在「就業調整」を行っているシニア社員(定年再雇用者など)に対し、2026年4月からの基準額引き上げ(65万円)について正確な情報をアナウンスしましょう。その上で、「労働時間を延ばしたいか」「より責任ある業務に就きたいか」など、働き方の意向を再ヒアリングします。本人の希望と会社の期待が合致すれば、雇用契約の巻き直し(フルタイムへの転換など)を積極的に進めてください。

2. 「年金ありき」ではない、役割・成果に基づく報酬制度の再構築

これまで多くの企業では、「シニアは年金をもらっているから」という理由で、再雇用時に一律で現役時代の50〜60%程度に給与を大きく引き下げる慣行がありました。しかし、年金の壁が実質なくなる今後、こうした「年金補完型」の給与体系は優秀な人材の離職を招きます。

年齢ではなく、担う「役割(職務)」や「成果」に対して適正な対価を支払うジョブ型の評価・報酬制度へ見直すことが急務です 。とはいえ、全社の賃金制度を一気に変革することは多大な労力を伴い、企業にとってもハードルが高いのが現実です。そこで、まずは高年齢者層を切り離して制度化することも可能です。シニア層に限定して実験的にジョブ型を導入することで、制度改定の負担を抑えつつ、高度な専門性を持つ人材であれば、シニアであっても市場価値に見合った高い報酬を提示する準備が整います 。

3. 柔軟な働き方の選択肢と健康管理体制の維持

フルタイムで働けるようになるからといって、全員に週5日・1日8時間労働を強要するのは危険です。加齢に伴う体力的な不安を抱える人もいます。

「フルタイムでの活躍」という選択肢を広げつつも、従来の「短時間勤務」「週休3日制」「テレワークの活用」といった多様な働き方の選択肢は残しておきましょう。また、シニア層特有の健康課題に対する配慮(定期的な面談、人間ドック費用の補助、身体的負担の少ない業務環境の整備など)も、定着率を高める重要な要素です。

4. マネジメント層の意識改革(アンコンシャス・バイアスの払拭)

現場の受け入れ部門に、「シニア=補助的な業務しかできない」「年上だから扱いづらい」といったアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があると、シニア人材は能力を発揮できません。

管理職に対してマネジメント研修を実施し、シニア人材を「過去の肩書き」ではなく「現在のスキルと経験を持つプロフェッショナル」としてリスペクトし、適切に業務をアサインするスキルを身につけさせる必要があります。

まとめ:制度の壁を越えて、シニアのチカラを組織のチカラへ

在職老齢年金制度の大幅な見直し(基準額65万円への引き上げ)により、長年シニアの就労意欲を削いできた最大の「ブレーキ」が外れます。これは企業にとって、即戦力となる豊富な経験とスキルを持った人材を、労働時間の制限なく獲得・活用できる絶好のチャンスです。

人事担当者に求められているのは、この制度改正を機に自社の評価・報酬制度や働き方のルールをアップデートし、シニアがモチベーション高く本来の能力をフルに発揮できる環境を創り出すことです。制度の壁を越え、シニアのチカラを真の組織のチカラへと変えていく戦略的なアプローチが、これからの企業成長の鍵を握るでしょう。

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Writer

ヒトキタ編集部 友坂 智奈


Profile

法人営業や編集職を経て、広報を担当。現在は、SNSや自社サイトの運用をはじめ、イベントやメルマガを活用した販促・営業支援企画も手掛けている。